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2006.10.24

三丁目の夕日

 7つ上の長兄が「ALWAYS 三丁目の夕日」は良かったと言う。長兄はいわゆる団塊の世代で、この映画の主人公の一平とほぼ同年代である。昭和30年代の前半に小学生だった兄はこの映画に出てくる全てに郷愁を感じるのだろう。私にとっても、氷の冷蔵庫・オート三輪・駄菓子・ラムネ・年末の大掃除の障子の張りかえなど懐かしいものが出てくる。またテレビが初めて主人公の家に来るエピソードにも笑ってしまった。私が育った鹿児島の田舎でも同じで、テレビのある家に近所中が集まって、プロレスや相撲中継に釘付けになった。毎晩だったから迷惑だっただろうなあ。それにお茶まで出してたよーな。

 ビッグコミック・オリジナル誌に連載の西岸良平さんの原作は好きで最初の頃から読んでいた。映画は原作のイメージ(昭和30年代の東京の下町)をCGを使ってよく再現していると思う。ただ上野駅の雑踏シーンや路面電車などいかにもCGくさい。また母親役の薬師丸ひろ子さんはいいとして、父親役の堤真一さんはちょっとイメージが違う。東京の下町の頑固もんの親父さんとしてはちょいと端正すぎるような気が。でも見てるうちに気にならなくなり、結構ジーンとくる。

 ところで、あらすじには関係ないが薬売りが出てくる場面が気になった。私の小さい頃も映画と同じシーンがあった。田舎の母親に確認したところ、年2回冬と夏に「えっちゅうさん」と呼ぶ富山の薬売りが来ていたとのこと。私の記憶にある薬売りのおじさんは、大きな箱を風呂敷で背中に背負って我が家の坂道を上がってきた。縁側や勝手口に腰をおろし、祖母や母が出してきた朱色の薬箱をチェック。無くなってるものがあれば、薬のいっぱい入った柳行李から補充していた。私はおじさんがくれる紙風船が欲しくて母親の隣に坐っていた。随分可愛がられた記憶がある。ただ中学生くらいから会った記憶がないが、母親によるとおじさんは2年前まで毎年来てたそうだ。あんなに待っていたおじさんなのに、紙風船に興味がなくなったのだろう。現金なものである。40年以上来ていたおじさんだが、最後に来た時に70を過ぎて結構ツライと言ってたそうだ。元気でいてくれるといいなあ。
Always480_1

最後のシーンで一平が言う。
「あたり前じゃないか!明日だって、明後日だって、50年先だって、夕日はきれいだよ」
Always480_2

あれからほぼ50年。みんなが貧しくても精一杯生きていたあの頃と同じように夕日はきれいなままなのだろうか。


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