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2006.08.08

立秋

今日は立秋。
「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
               風の音にぞ 驚かれぬる」
ご挨拶も「暑中お見舞い」から「残暑お見舞い」へ。
でも残暑というよりこれからが夏本番!みなさまご自愛のほど。

Sakurajima

 高校時代は鹿児島市内で下宿していた。3畳1間の狭い部屋だった。松本零士センセーの「男おいどん」極貧・大山昇太の4畳半より1畳半狭い。しかも散らかし放題。でもサルマタケは不思議と生えなかった。高校の裏門の近くだったので友人たちの溜り場だった。あり余る時間を持て余し、バカ話に興じていた。もちろんテレビなど無く、小さなラジオと卓上レコードプレーヤーが唯一の娯楽品。それで週末はテレビが見たくて坊津町(現南さつま市)の実家に帰っていた。
 土曜の授業が終わると西鹿児島駅前(現鹿児島中央駅)から枕崎行きの鹿児島交通バスに乗る。ノロノロと市内を南下したバスは谷山の街を過ぎると、山間部へ向かって右折する。九十九折りの山道を徐々に高度を上げて行き、左手の車窓に錦江湾が見え隠れするようになる。やがて川辺峠の直前で鹿児島市の向うに噴煙を上げる桜島が見える。高校時代いくども見た青春の風景である。
「わが胸の 熱き思いに 比ぶれば
              煙は薄し 桜島山」
幕末の薩摩藩士の歌だが、熱き思いどころかオイラの頭のてっぺんにはいつも秋風ぞ吹く。

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Comments

そう言えば、その下宿に行ったことある、たしか。自宅通学生には物珍しかった。当時はサメが自分より大人に見えたもんだ。鹿児島交通のバス懐かしいな〜〜。

Posted by: 凛々 | 2006.08.13 at 11:14 AM

私の下宿は6畳だった。
けど、レコードプレイヤーはなかったなぁ・・
小さいラジオだけだった。
テレビは銭湯で見てたような。。。
1年の時は毎週のように帰ってたけど、
だんだん帰るよりも鹿児島で遊ぶ方が楽しくなっちゃって、月一で帰らないと生活費をもらえなくなった。
ちょうど高校を挟んで反対側に住んでたんだね・・

Posted by: お米 | 2006.08.14 at 09:11 PM

あれ?女人禁制の部屋だったはずなのに。凛々は男の子だった?
お米さんは6畳だったんだ。ひょっとして「お嬢様」だった?今も面影あるけどね。ヨイショッと!

Posted by: same | 2006.08.15 at 03:57 AM

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