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2005.05.09

時の鐘

 先月地図サークルの例会で新宿界隈を歩いた。その中で甲州街道と明治通りの交差点近くにある天龍寺を訪れた。このお寺は2代将軍秀忠の側室の菩提寺ということで徳川家ゆかりの古いお寺だ。事前に予約を入れてあったので本堂などにあげていただき、珍しい櫓(やぐら)時計も間近に見ることができた。
 この櫓時計は境内にある「時の鐘」を撞く基になったそうだ。ここの「時の鐘」は上野寛永寺、市ヶ谷八幡の鐘と並んで江戸三名鐘と呼ばれたとのこと。また近くの新宿の遊郭で遊ぶ客には「早く帰れ!」と聞こえたらしく「追い出しの鐘」とも呼ばれたらしい。

<笠間藩主牧野家が奉納した天龍寺の櫓時計(左)と時の鐘(右)>
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 さて江戸時代の時刻制度はよく分からない。時代劇などで「明六ツ」「暮六ツ」などと聞く。江戸の職人は決して「午後3時でぇ、茶にしようぜぃ」などと言わない。「草木も眠る丑満時(うしみつどき)」なんて言葉もある。調べてみた。edo_jikan2
 大まかにいうと、日の出から日の入りまでを「明(あけ)」、日の入りから日の出までを「暮(くれ)」と呼び、それぞれを6等分する。2時間単位である。そしてこれが一刻(いっとき)。その半分が半刻(はんとき)で1時間。またその半分が四半刻(しはんとき)で30分。まあなんと大まかな区切りではあることか。でもここまでは理解できる。次からが難しくなる。
 日の出を「明六ツ(あけむつ)」と呼び、その2時間後が「明五ツ(あけいつつ)」、さらにその2時間後が「明四ツ(あけよつ)」。じゃ次は「明三ツ(あけみつ)」かと思いきや、そうはならない。何故か繰り上がって「明九ツ(あけここのつ)」となる。何故かって聞かれても困る。そうなんである。「明九ツ」つまり正午。ここから今度は「明八ツ(あけやつ)」「明七ツ(あけななつ)」とカウントダウンして、日の入りが「暮六ツ(くれむつ)」となる。「暮(くれ)」も同じで六→五→四→九→八→七→六となる。理屈で考えてはいけない。理屈で考えるとさらに混乱する。
 江戸時代の時刻制度は「不定時法」である。つまり「明」と「暮」はそれぞれ12時間と限らないのである。あくまでも「日の出から日の入りまで」と「日の入りから日の出まで」なのである。お天道様が出てるか、出てないかなのだ。したがって今まで説明した「一刻は2時間」というのは春分の日あるいは秋分の日の話である。夏至の頃は「明」が長く、「暮」が短い。逆に冬至の頃は「明」が短く、「暮」が長いことになる。てーことは、単純に6等分しているのだから「明」と「暮」では一刻の長さが違うということだ。「定時法」に慣れ、数分電車が遅れただけでイライラする現代人には理解できない。でも江戸に9ヶ所あったという「時の鐘」で時刻を知ったであろう江戸時代の人には時刻は正確なものではなく、「そーね、だいたいね~♪」の感覚だったのだろうか。お天道様とともに働き、お天道様が隠れると寝る。ゆったりとした時間が流れていたのかもしれない。
 ところで「丑満時」だが、江戸時代は「明」と「暮」の他に時刻に十二支を当てる呼び名もあった。「暮九ツ(午前0時)」を「子の刻(ねのこく)」とし順に丑→寅→卯→辰→巳→午→未→申→酉→戌→亥と当てた。したがって「丑満時」は「丑の刻になった時間」、大体午前2時である。「丑三ツ時」とも。

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Comments

その緑色の時計、どっかで造ってくれないかしら。とってもレトロで色がカエルみたいで素敵。インダストリアルデザインだ!

Posted by: 凛々 | 2005.05.13 at 12:12 PM

ちょっとホメすぎ。
色はカエルだけど、カタチはブタの蚊遣りをイメージしております。

Posted by: same | 2005.05.14 at 12:34 AM

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