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2005.03.29

元気の出る映画

 元気の無い時、気分がへこんだ時によく観る映画がある。
 ウォルター・ヒル監督の「ストリート・オブ・ファイヤー -STREETS OF FIRE-(1984)」である。感動する映画でも、心に染みる映画でもない。はっきり言ってB級作品である。でもカッコいいのだ。軽快でわかりやすいストーリー、画面の切替えのシャープさ。そして特に、冒頭で[A ROCK&ROLL FABLE(ロックンロールの寓話)]と出るように音楽がカッコいい。音楽はライ・クーダー。カッコよくないわけがない。
 水溜りに映るカラフルなネオンから始まり、いきなりヒロイン(ダイアン・レイン)のコンサートシーン。既にこの段階で70%の元気回復。コンサート会場から悪役(ウィレム・デフォー)一味にさらわれるヒロイン。昔の恋人でもあるヒロインを救うため街に呼び戻されるヒーロー(マイケル・パレ)。そして個性的な仲間とヒロインを救出し、さらにヒーローと悪役の一騎打ち。最後はヒロインのコンサート会場からそっと抜け出し、街を去っていくヒーロー。もう100%元気回復。ホーレン草を食べたポパイあるいは強化剤のタバコを喫った8マン状態である。明日もがんばるぞ!
 陳腐なストーリーではある。「シェーン」みたいである。でも何度も言うようだがカッコいいのだ。脇役もいい。悪役のウィレム・デフォー(スパイダーマンやスピード2の敵役の人)、ヒロインのマネージャーのリック・モラニス(リトルショップ・オブ・ホラーズやミクロキッズのパパ役の人)、助っ人の女性エイミー・マディガン(エド・ハリスの奥さん、フィールド・オブ・ドリームスの奥さん役の人)などいい味だしている。でも肝心のダイアン・レインが中途半端なんだよなあ。
 くれぐれもジャン・クロード・ヴァン・ダムの「ストリート・ファイター」とお間違えなきように。なお映画の中のダイアン・レインの唄は吹替えです。
Diane

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2005.03.17

あぁオールナイト・ニッポン

今やそのお顔を見ない日がないほどチョー有名になったニッポン放送の亀淵昭信社長。ライブドアが株式の50%を取得したとかで、気のせいかだんだんとお疲れの顔に見えます。しかし昭和40年代に中学生や高校生だった人たちにとって亀淵さんは感慨深い人ではないでしょうか。当時亀淵さんは「カメさん」と愛称で呼ばれ、ニッポン放送の深夜放送「オールナイトニッポン」の人気DJでした。同じDJの「アンコーさん」こと斉藤安弘さんと「海は恋してる」というヒット曲もとばしています。優しい人柄そのままの「アンコーさん」と対照的に、「カメさん」は自虐的でどこか醒めた部分があって、カウンターカルチャーの旗手みたいな気がしていました。それが今やエスタブリッシュ。現代のカウンターカルチャーの旗手?「ホリエモン」に攻められぱっなし。ボブ・ディランが「The Time They Are A-Changin'」と歌ったように時代が変わったのか。それとも人が変わったのか?たぶん両方なんだろうなあ。

それにしても、「オールナイトニッポン」は電波の弱い鹿児島でかじりつくよーにして聞いていました。ティファナ・ブラスの「ビター・スイート・サンバ」に乗って「君が踊り、僕が歌う時、新しい時代の夜が生まれる。太陽の代わりに音楽を。青空の代わりに夢を・・・・・」とナレーショーンが始まるとワクワクしたものです。まだDJがタレントではなく、全員が局アナの時代でした。糸居五郎さん。当時糸居さんは好みではなかったのですが、今録音を聞くとオシャレですね。それにカメ&アンコー、高島秀武さん等々。数多い人気DJの中で私が大好きだったのが今仁哲夫さん。通称「てっちゃん」。クレヨンしんちゃんで有名になる春日部の団地にお住まいで「春日部のてっちゃん」と自称されてました。糸居さんと対極にいるようなDJで「オレ、音楽は分かんない!」と公言し、人を食ったようなハチャメチャなギャグを飛ばしていました。その「てっちゃん」がキャンペーンのため愛車ブルーバード?で鹿児島に来た時は見にいきましたが、すごい人気で額の広い顔が少ししか見えませんでした。「オールナイトニッポン」降板後はテレビのワイドショーの司会もされていましたが、あれから30数年以上たった今はどうされているのでしょう。そして今の騒動にはどんな感想をお持ちなんでしょう。「てっちゃん」のコメントを聞きたいものです。

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2005.03.14

iPod shuffleその2

やっとiPod shuffleを使うことができました。
まず、CDのリッピングや曲の管理、iPod shuffleへ曲の転送を行うソフト「iTunes」をインストール。この時同時にiPod shuffleのフォーマットも行います。それほど難しい作業ではありません。
インストール後はPC内にあったMP3などの音楽ファイルを「ライブラリ」へ登録。この作業もフォルダー単位やファイル単位ででき、難しい作業ではありません。
iPod shuffleへの曲の転送ですが、iPod shuffleをPCのUSBスロットに指すと、自動的にiTunesが起動します。次に転送先にiPod shuffleを選択し、「オートフィル」というボタンをクリックすると転送が始まります。あっけない程簡単です。PC内にあった110曲のMP3ファイル(389.3MB)を転送しましたが、4分弱で完了しました。使った環境はPentium4の2.0GHzのメモリー512MB、USB2.0です。
1日首にかけて(写真右)使用しましたが、すごく軽いためかけていることを忘れてしまいそうです。操作はとてもシンプルです。裏面(写真中央)のスライド式のスイッチをスライドさせることでオンオフと、曲を記録されている順番どおりに聞くか、シャッフルして聞くか選択できます。表面(写真左)には円状のボタンがあり、中央が「再生/一時停止」、上下が音量調整、左右が「前へ/巻き戻し」「次へ/早送り」があるだけのシンプルさ。電源を入れると直前に聞いていた状態で再生されます。もちろん最初から聞くことも可能です。
iPodSuffle03
さて、敢えて不満な点ですが、
①スイッチが硬くていささかスライドにてこずりました。爪を立てるための小さな突起があったら良かったかな。
②付属のヘッドフォン(イヤーフォン)が硬くて私の耳には収まりが悪かったこと。その点SonyのVaio Type-Uに付属するイヤーフォンは耳にあてる部分が着脱可能なゴムでできており、しかも大中小の換えが付いてくる。音もこちらの方がいいような。さすがAVのSonyさんです。
③裏面(写真中央)のスイッチの下にバッテリーのステータスランプがあってランプの色でバッテリーの状態が分かるようになってますが、大まかなものでバッテリーの詳細が分からないことかな。

一番懸念していた液晶がないことは、転送した曲は何度も聴いている曲で曲名などを確認する必要もなかったので、全く気にならず。shuffleも却って楽しかった。付けてることを忘れるほど軽量なこと、操作のシンプルさ軽快さなど買って大満足です。

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2005.03.12

iPod shuffle突然の入手

 友人の「懸賞にいっぱい応募したから、当たったらあげるね」という言葉を信じて待っていたのであるが、一向に当たる気配がない。それに量販店のポイントも貯まったので先週、有楽町ビックカメラへ予約に出かけた。shuffle01
 私「どれくらいかかるの?」店員「そうですね、3週間はみて欲しいですね」私「待つってことがキライなんだけど」店員「でも待たなければ手にはいりませんよ」私「そりゃそーだ」で、512MBを予約。
 仕方ないからしばらく待つつもりでいたのだが、「ビックカメラから何か入荷したと連絡があったよ。また何買ったの!」と嫁さん。オイオイ話が違うぞ!ビックカメラ、予約から4日しか経ってない。2~3週間後の積もりで話してなかったのだ。「まあまあ」と嫁さんを宥め、翌日には早速引取りに。shuffle02
 チッセ~!品のいい緑のパッケージも小さいのだが、本体も小さい。上の写真の左側は今まで使用していた256MBのRioのSU30。このプレーヤーもFMラジオ・ボイスレコーダー・USBストレージなどの機能を持ちながら結構小さいのだが、中央のiPod shuffleはさらに小さい。縦横はほぼ同じだが、厚みは半分ほどで重さが軽いため、見た目よりも小さく感じる。デザインもiPod shuffleの圧勝。
 下の写真はパッケージの中身。「iTunes」などのインストールCD、簡単なユーザーズガイド、インナーイヤー型ヘッドフォン、本体、ストラップです。少し忙しくてソフトのインストールもまだなので、「iTunes」などのソフトウェア、液晶のない本体の使い勝手などは次回でレポートします。

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2005.03.06

芭蕉の旅立ち

芭蕉が「奥の細道」の旅に出たのは、元禄2年(1689年)の3月27日(新暦では5月16日)のことだったらしい。
見送りの人たちと深川から船に乗って隅田川を上ってきた。そして千住で船を降り、ここで矢立の初に次の句を詠んだ。

「行く春や 鳥啼く魚の 目は泪」である。

この句を詠んだ後、芭蕉は曾良と二人で「奥の細道」目指して日光街道を北へ歩いていったのである。

さて何ヶ月か前の新聞で、芭蕉が奥の細道の第一歩をbasyo踏み出したのは、北千住側か南千住側かで地元で論争?になっていると読んだ記憶がある。まあ第三者にとってはどっちでもいいようなことではあるが、地元の方にとっては譲れないことなのだろう。先日サークルの月例会で千住大橋界隈を歩いた時も、隅田川を挟んだ北千住側(写真下、千住大橋北詰)と南千住側(写真上、素盞雄神社)の両方で矢立の初の句碑を見ました

生来ナマケモンの私が考えるのは「そりゃとーぜん、北千住でしょう!」なのだが、そこは風流人の芭蕉さん。「どれ、川風にあたりながら千住大橋でも渡ってみましょうかな」なんて考えるかもしれない。当時東京(江戸)には高い建物なぞなかったはずで、大橋の上からは富士山や男体山や筑波山が見えていただろうから。う~ん、考え出すと夜も眠れん。アナタは北千住派?それとも南千住派?

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