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2005.01.31

最古の山と最高の山

寒風が吹いた日曜日(30日)、早稲田界隈を歩いてきました。(マップをクリック)waseda_map
始まりは早稲田通り沿いのラーメン屋「えぞ菊」で野菜大盛りの塩ラーメンです。久しぶりに来ましたが、相変わらず大繁盛のようで15分ほど待たされました。
腹ごしらえができたらすぐ近くの水稲荷を詣で、境内の裏にある富塚古墳を見学。この古墳の名前がこの辺りの土地の名前の由来とのこと。「冨塚」→「戸塚」ってことか?鳥居の前には太田道灌ゆかりの「駒留めの松」もありました。「七重八重花は咲けども山吹の・・・・・」の歌で有名な山吹の里の碑がある面影橋はすぐ近くです。この辺りは高台にあり、面影橋がある北側の神田川方向は斜面になっていてその斜面を利用して甘泉園という公園になっています。甘泉園の端に「最古の山」はあります。takadafuji
1779年築造の最古の富士塚「高田富士」です。この後、関東一円に富士講の信者達によって次々と富士塚が造られました。高田富士は築造当時は馬場下町の交差点近くの宝泉寺というところにありましたが、昭和30年代の終わりごろ早稲田大学の拡張のため、今の場所に移築されたようです。20年近く前に初めて来た時は登れて、山頂からは今は無い早稲田大学の安部球場が見えていました。しかし現在は登山口の浅間(せんげん)神社の祠の前に柵が置かれ中に入れませんでした。富士塚自体もかなり高い木が繁り、塚の形もはっきりしない状態です。あまり保存状態が良くないようでした。最古の富士塚だけに少し残念です。anahatiman
高田富士の前にある堀部安衛兵助太刀の碑の前から階段を下ると安部球場が名前の由来のグランド坂の坂上に出ます。ここから早稲田通りを馬場下町へ向けて歩きます。馬場下町の交差点の角にある穴八幡ではちょうど冬至祭の最中で、「一陽来復」のお守りを求める人でごったがえしていました。冬至から節分の日までにお守りを買い求め、冬至か大晦日か節分の夜中12時にお祭りすると、金回りがよくなるそうです。冬至を境に日が伸びることから、陽の気(幸運)が復活するということみたいです。hakoneyama
少し境内の露天をひやかし、早大文学部の前を通って戸山公園に入ります。この公園は旧尾張徳川家の下屋敷跡で、731部隊の基となった旧陸軍軍医学校があったことでも有名です。この公園の南側に「最高の山」はあります。
標高44.6mの箱根山です。この山頂が建物などの人工物を除くと山の手線内(23区内という噂も)で一番高い場所なのです。しかしこの山も自然の山ではなく、尾張徳川家が大きな池を持つ庭園を造った祭に、池を掘った土を盛り上げた築山です。hakoneyama2最高地点の山頂には44.6mの標石や展望盤があります。その展望盤には富士山や東京タワーが描かれていますが、戸山ハイツなどの周囲の建物の方が高く近くの新宿高層ビル群すら見えません。この場所が山の手線内最高地点とはとても実感できません。しかしとても親しまれているようで次々と人が登ってきていました。
箱根山を後にしてコリアンタウン大久保を抜け、新宿の歩行者天国をブラブラしてから帰路につきました。

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2005.01.24

見沼通船堀

さいたま市の東部の見沼は、もともと沼地だったものを徳川家康の江戸入府直後に南側に堤防(八丁堤)を築いて、灌漑用の1200ヘクタールの広大な溜池になりました。見沼溜井(ためい)と呼ばれました。(画像をクリックすると拡大表示)tusenbori_map
ところが八代将軍吉宗(暴れん坊将軍ですね)の新田開発政策のため、堤防の一部を壊して溜井の水を抜き田圃に変えました。現在も残る見沼田圃です。さらにこの田圃に水を確保するため、60キロも北の利根川(現在の行田市)から用水路を引き、上尾市付近で東西2つに分岐させました。この用水路は溜井に変わるという意味から見沼代用水と呼ばれ、東側を流れるものを東縁(ひがしべり)用水、西側を西縁(にしべり)用水と呼びます。さてこの工事はなんと6ヶ月で完成させたそうです。そしてこの壮大な工事を指揮したのが、紀州の天才的な土木技術者の井沢弥惣兵衛為永という人でした。井沢弥惣兵衛為永がすごいのはこの広大な田圃を短期間でつくったことだけではありませんでした。彼は東西の用水の間を流れる芝川が荒川(隅田川)を通じて江戸へいたることを利用して水運を考えました。東西の用水の流域の農産物(主に年貢米)を芝川に集めて江戸へ送り、帰りは江戸から肥料や塩・醤油などを運ぶものでした
ところが芝川と東西用水は3メートルの水位差がありました。そこで彼は閘門(こうもん)式という運河を考えました。東西の用水と芝川を結ぶ堀にそれぞれ2つの関を設け、関の板をはめたりはずしたりすることで関内の水位を調節して、底の平らなひらたぶねという船を通行させました。考え方はパナマ運河と同じです。しかもパナマ運河より183年も前に完成させたのですからすごいことです。。tusenbori_2seki2
この運河は見沼通船掘(つうせんぼり)と呼ばれ、車などの陸上輸送が盛んになる大正末期までは利用されていました。現在はJR武蔵野線東浦和駅のすぐ南側の西縁から芝川・東縁に向けて東へ1キロほどの掘割の周辺は公園として整備されています。東西2つずつある関も復元され、他に通船の差配を代々行った鈴木家住宅、水運に関わる人々が安全を祈願した水神社など歴史散歩には最適です。

☆見沼通船掘のしくみ
 ①芝川に船が着くと一の関の板をはずして一の関と二の関の間の水位を下げます。
tusenbori01
 ②水位が下がると舟は一の関と二の関の間に進み、一の関の板を戻します。
tusenbori02
 ③次に二の関の板をはずして代用水路の水位を下げます。
tusenbori03
 ④水位が下がると舟は代用水路に進み、二の関の板を戻します。
tusenbori04
 ⑤戻りは逆の手順で芝川に戻ります。
tusenbori05

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2005.01.14

今年初の物欲

出ましたね。アップルのiPod Shuffle。今までのiPodは興味を引きませんでしたが、これは物欲をそそられます。小さいですね。カッコいいですね。従来のiPodと違いHDタイプではなく、フラッシュメモリータイプのようですね。それで大きさと価格を落としたようです。しかも液晶までなくしました。アップルらしい潔さです。
今はDigital Audio PlayerとしてはRioのSU30という機種を使ってます。256MBで1年半程前に2万数千円しました。操作性がイマイチですが、音楽の他にボイスレコーダー、FMラジオ、USBフラッシュディスクの機能もあり重宝しています。しかも大きさもiPod Shuffleを一回り大きくしたぐらい、USB直付けなのも同じ。でもカッコ良さはiPod Shuffleの圧勝。迷いますねえ。512MBが1万980円、1GBが1万6980円。安くなりましたねえ。小遣いでも手が届く値段ですねえ。容量の小ささも楽曲が120~240曲入るそうなので私には充分です。でもネックは液晶がないことです。最近物忘れがひどく曲名を忘れる私には液晶は必要な気がする。
最近はUSBフラッシュディスクの512MBが6~8千円くらいですから、本末転倒ですが音楽も聞けるUSBフラッシュディスクと考えたらまあまあの値段だし。なんと言ってもカッコいい。う~ん、迷う!

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2005.01.02

元旦の富士山

今年もよろしくお願いいたします。今年最初の記事は富士山の話題で。

元旦はJR東日本の格安割引チケット「正月パス」を利用して、新宿→(スーパーあずさ)→白馬→(スーパーあずさ)→松本→(特急しなの)→長野→(新幹線あさま)→大宮と回ってきました。その途中で3つの富士山に会いました。

出発までに時間があったので新宿駅近くの花園神社へ初詣に。最初の富士山はそこにありました。富士山といっても花園神社の富士山は富士塚と言われるもので、新宿富士と呼ばれています。富士塚とは江戸時代に流行した富士山を信仰の対象としている「富士講」の人々が造ったミニチュアの富士山のことです。関東一円にあり、都内だけでも60基ほどあるといわれています。本格的なものは十数メートルもあり、ちゃんと登山道も備えていて、中には胎内まであるものもあります。ただ花園神社の富士塚は1.5mほどしかない私が見た中でも一番小さな富士塚です。明治通りから入る参道の右側で芸能浅間(せんげん)神社内にあります。名前のとおり玉垣には芸能人の名前がずらりと並んでいます。富士塚の前には藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」の歌詞碑もあります。
gantan_fuji1

次の富士山は本物の富士山です。笹子トンネルを抜けた中央本線は甲府盆地に入り、富士山は進行方向の左側の車窓に見え始めます。この後、富士山はほとんど左側の後方に見えていますが、新府駅付近は進行方向の右側の車窓に見えます。御坂の山々を従えて新春にふさわしい凛とした富士山でした。
gantan_fuji2

最後の富士山はふるさと富士です。松本までは晴れていて甲斐駒ケ岳や八ヶ岳もきれいに見えていたのですが、松本から白馬までは雪も舞っていて、楽しみにしていた北アルプスは全く見えず。夕方また松本に戻ってきて、長野行きの列車に乗り換える跨線橋の窓の外を何気なく見ると、ピラミダルな山が見えている。常念岳である。もしやと思って右を見ると、信濃富士(有明富士)と呼ばれる有明山も見えている。はっきりしないが有明山の左奥は登山者に人気の燕岳(つばくろだけ)だろう。バッグに仕舞いこんだカメラを引っ張り出し、窓を開けて写真を撮る。隣のおばさんが迷惑そうな顔をしていた。ごめんなさい。最後に安曇野を代表する2つの山を見ることができて大満足の2005年の年明けでした。
gantan_fuji3

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